世界のどこかでいつも紛争が起こっています。ロシア軍によるウクライナ侵攻からほぼ一年が経ちました。戦争による破壊が毎日のように報道されています。年が明けても今なお続いており、終戦の目途は立っていません。

 外界に勃発した破局的な体験がトラウマになることは知られています。

 人々が戦争により生死に関わる体験をして、当たり前の暮らしを奪われる悲痛や苦悩は計り知れません。心の傷であるトラウマは実際に見ることができませんが、心や身体に影響を与えて心身は反応し変化して症状となって潜在しています。このような状態を戦争による心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder :PTSD)といいます。

 『西部戦線異状なし』(1929)エーリヒ・マリア・レマルク作(秦 豊吉 訳1955 新潮文庫)の戦争小説は世界的に知られています。第一次世界大戦の西部戦線において、ドイツ軍の志願兵であるパウル・ボイメルの戦場での日常や戦闘の様子と彼の内面が描かれています。戦場では死の不安、恐怖、理不尽な体験、虚しさなどを味わい、物語が進むにつれて生きる価値や希望が抱けず絶望感を覚え、戦死するまでの物語です。戦場の兵士が負った心の深い傷を語っています。

 戦争によるPTSDに関する研究が注目されたのは、アメリカのベトナム帰還兵の問題でした。戦場で心が傷ついた兵士の多くは深刻な精神的ダメージを負って帰国し、戦争トラウマによる症状が多く見られました。帰還兵士には、フラッシュバックや悪夢というかたちで出来事の記憶が繰り返し現れます。さらにパニック発作、恐怖、怒りなどの突出、睡眠障害、感情の不安定、出来事に関係するような場所・人・状況を避けようとする回避、他にも戦場での体験の罪責感、孤立感、アルコール依存、薬物中毒、自殺願望や未遂など困難な問題が生じていました。

 このような症状が長く続く場合に、1980年にアメリカ精神医学で正式な疾病として認められました。

 戦争によるトラウマ体験は、今まで形成してきた内的世界を混乱、麻痺させ、原初的対象関係の破局的、絶望的、迫害的不安が賦活するのでしょう。外傷的出来事による衝撃の影響を受けた人々を理解するために、精神分析的視点は有用であると考えています。